昼のNHKを見ていたら、どっかの畑で大の男たちが一生懸命カボチャを磨いていた。艶が出て美味しそうに見えると言うのだが、味と栄養には関係ないだろう。アナウンサーはエラク感激して「これこそニッポンのこだわり農業だ」なんとか言っていたが、おいらも同感。これこそニッポン農業の(いやニッポン経済の)問題点だ。
この男たちも家に帰れば妻もいて子供もいるだろう。みんなを養わなければいけないのはわかるし、現に養っておられる。養わねばならないので当然おカネが要る。ニッポンの農家の所得水準は都市勤労者より高い。ということは農家の男の手間(期待利益)は高い。カボチャを磨いた分だけ高く売らなければ意味がない(まあ最近は所得保障があるから働かなくてもお金は入るから暇つぶしとも考えられるが、この際それは割愛)。カボチャは高くなる。消費者は余分に負担することとなり、勤労者から農家への更なる所得移転が発生する。
それより大きな問題は、ニッポンの稀少な生産資源(労働力)がカボチャを磨くというような不必要な目的に浪費されてしまうことだろう。例えば介護現場では働き手が極端に不足している(外国人介護者への労働市場開放が鍵だが、またもやこの際割愛)。カボチャを磨く方がおカネになるなら誰も介護現場では働かないから介護現場では人手不足となるのだ。
とうことで、カボチャを磨くという一見無害で美しく些末な行為が、ニッポン全体の経済の歪曲化につながっている、いやこれこそニッポン経済の象徴的問題ということを申しあげたかったのです。この種のヘンなことが、ニッポンには多すぎるんですな〜。
2010年8月31日火曜日
2010年3月12日金曜日
NHK:地下水は誰のものか……いろいろあろうが、一つ言えることは、既得権としてそれでメシを食うもんじゃない!
「水」でメシを食っている連中が、最近危機感を感じ始めている:
「働くものに分配を」という本来の民主党の政策は、分からないこともない。「働かないで食ってきた(ノーソンなどの)既得権集団」への分配を「働いている人たち」への分配に移すというのは合理的な政策であり、おいらも大賛成だ。でも「働いている人たち」という定義には「効率的に働いている人たち」と「非効率的に働いている人たち」の区別は必要だろう。
人間はすべて自分は効率的に働いていると信じている。自分は意味のある仕事をしているのだと信じている。それはそうだろう。そんなことを他人がどうのこうの言うことは出来ないのである。政府も決めることは出来ない。だから民主党の政策は支離滅裂の大バラマキ政策となってしまった。「市場」が必要なのである。
NHK 特報首都圏「地下水は誰のものか」: "コスト削減のため地下水を導入する企業や団体が急増している。ろ過技術の進歩で高品質の水が原価無料。水道局では顧客離れに苦悩している。地下水ビジネスの最前線に迫る。"ニッポンでは昔から水はタダだった。雨が多い気象条件を考えれば、将来もタダでしかるべき。でもそれでメシを食っている連中(公務員)が増えすぎた。ニッポンの水道料金は法外に高いものとなってしまった。
「働くものに分配を」という本来の民主党の政策は、分からないこともない。「働かないで食ってきた(ノーソンなどの)既得権集団」への分配を「働いている人たち」への分配に移すというのは合理的な政策であり、おいらも大賛成だ。でも「働いている人たち」という定義には「効率的に働いている人たち」と「非効率的に働いている人たち」の区別は必要だろう。
人間はすべて自分は効率的に働いていると信じている。自分は意味のある仕事をしているのだと信じている。それはそうだろう。そんなことを他人がどうのこうの言うことは出来ないのである。政府も決めることは出来ない。だから民主党の政策は支離滅裂の大バラマキ政策となってしまった。「市場」が必要なのである。
2010年3月7日日曜日
NHKテレビ:神無月と神有月(神在月)について放映するんだって!
NHKでは今月ニッポン中(島根県以外)で神様がいなくなると云う「神無月」についての番組を放送するという(予告)。ニッポンの神無月は旧暦十月だが出雲では神有月(神在月)となる。ニッポン中の神様が出雲に行って「寄り合い」をすることになっているからだ。ほのぼのとしたいいお話しなので、おいらも以前ブログで取りあげたことがある。ところがそれに対してニッポン中のウヨクから総攻撃を受けてしまった。「俺たちの地元の神様がいなくなるとは何事か、そんなのは迷信にすぎない」とあいつらウヨが言うのだ。こりゃ参ったでした。
ちなみに探してみると、こんなエントリーだった:
不愉快なコメントは削除してしまっているが、あいつらは相当頭に来ていた。こんなことで怒るのがウヨがアホたる所以。
NHKはこの件を「地方文化のよいところ」として報道するつもりらしい。「イナカ」を前面に押し出せば「ウヨ的には許されない番組」も許容されると見ての判断なのだろうが、イナカのウヨは島根県以外にも多いのである。果たしてどうなるのだろうか。
それはともあれ、ニッポンのイナカの「利権意識」にはすごいものがある。「他のところのお金を自分たちのためにぶんどってくるのがいい政治家」なのである。そんな意識に希薄な都市住民は、いいように毟られてしまうこととなった。かくしてニッポンの稀少な経済資源は無意味にイナカにばらまかれたあげくあいつらに食い尽くされてしまい、ニッポン経済は長期低迷に陥ることになったのである。
ちなみに探してみると、こんなエントリーだった:
11/25 Today 神有月神事(出雲大社)……島根県以外では神様が居なくなる!
不愉快なコメントは削除してしまっているが、あいつらは相当頭に来ていた。こんなことで怒るのがウヨがアホたる所以。
NHKはこの件を「地方文化のよいところ」として報道するつもりらしい。「イナカ」を前面に押し出せば「ウヨ的には許されない番組」も許容されると見ての判断なのだろうが、イナカのウヨは島根県以外にも多いのである。果たしてどうなるのだろうか。
それはともあれ、ニッポンのイナカの「利権意識」にはすごいものがある。「他のところのお金を自分たちのためにぶんどってくるのがいい政治家」なのである。そんな意識に希薄な都市住民は、いいように毟られてしまうこととなった。かくしてニッポンの稀少な経済資源は無意味にイナカにばらまかれたあげくあいつらに食い尽くされてしまい、ニッポン経済は長期低迷に陥ることになったのである。
2010年2月15日月曜日
BBC地球伝説:古代エジプト文明の崩壊のなぞ……最後は子どもまで丸焼きにして食ったという、地球の気候変動のすさまじさは温暖化ガスなどというチマチマしたものではないのだ!
この番組は知らなかったことをたくさん教えてくれた:
ちっぽけな人間が、宇宙のメカニズムをコントロールできるという「思い上がり」がそもそも間違っていると言うことを、しみじみ実感させてくれた番組であった。こういう番組を作るBBCはえらい。それに較べてイナカへの利益誘導ばかりを主張する環境対策一辺倒のNHKはアホ。NHKが環境でメシを食おうとする利権団体の走狗となってしまっているおかげであるが、彼我の知的レベルの格差はあまりに大きい。
ちなみに「地産地消」をするから最後は自分の子どもまで焼いて食わねばならない羽目になる。この記録を残したのはバグダッドの学者だったが、当時のバグダッドでは食うものが豊富にあった。国境を越えたグローバルな交易が実現できてさえおればこういった悲劇を回避できたのである。ニッポンの農水省と農村ウヨが主張する「地産地消」を進めれば、ニッポンも古代エジプトと同じ悲劇を繰り返すこととなる。
BBC地球伝説 - Yahoo!テレビ.Gガイド [テレビ番組表]: "BBC地球伝説 「古代の黙示録:エジプト古王国の滅亡」4200年前、ナイルのもとで安定した農耕を営み、高度な文明を誇った古王国が崩壊を遂げた。番組では、古王国崩壊の謎に挑む。今から4200年ほど前、謎の崩壊を遂げた古代エジプトの古王国。崩壊の真相を解き明かす答えは意外にもアイスランドの氷河に隠されていた。自然の力の不思議と、古王国滅亡の恐るべき謎が、ついに解き明かされる!"温暖化ガスとかいう人為的で矮小的な原因でなかったことが衝撃的。
ちっぽけな人間が、宇宙のメカニズムをコントロールできるという「思い上がり」がそもそも間違っていると言うことを、しみじみ実感させてくれた番組であった。こういう番組を作るBBCはえらい。それに較べてイナカへの利益誘導ばかりを主張する環境対策一辺倒のNHKはアホ。NHKが環境でメシを食おうとする利権団体の走狗となってしまっているおかげであるが、彼我の知的レベルの格差はあまりに大きい。
ちなみに「地産地消」をするから最後は自分の子どもまで焼いて食わねばならない羽目になる。この記録を残したのはバグダッドの学者だったが、当時のバグダッドでは食うものが豊富にあった。国境を越えたグローバルな交易が実現できてさえおればこういった悲劇を回避できたのである。ニッポンの農水省と農村ウヨが主張する「地産地消」を進めれば、ニッポンも古代エジプトと同じ悲劇を繰り返すこととなる。
2010年2月5日金曜日
NHK特報首都圏:三鷹市では生活保護世帯に学習塾費用を補助しているんだって
これ:
みんな平等に教育を受けるのは国民の権利であるという。その通り。平等に知識は与えられるべきものだ。しかし与えられた知識を自分のものに出来るかどうかは、あくまでも個人次第だ。ところがNHKは教育の結果が平等でなければならないという。いまニッポンを風靡している「結果の平等」主義も、ここまで來てしまった。学習塾の費用を公費で負担する? 世も末だ。実社会に有用な知識にしても、別に「アルキメデスの原理」や「動詞の活用」とかを知っているかどうかではないと思う。そんなのを知らなくても社会生活になんの不自由があるというのだ。あれは閉塞社会の中での「選抜制度」としての一種のトリックでしかすぎない(科挙みたいなもの)。今の大学教育のレベルでは大学入試もクジ引きやるほうがよほど経済的で合理的だ。社会の進歩に有用な真の天才とはそんなトリックとは関係なしに生まれるものなのである。
「アルキメデスの原理」を知らない子どもにも活躍の場を与える社会の仕組み作りの方が大切なのではないか。「教育結果」とやらが社会階層の既得権化と固定化につながっている方こそ問題なのである。
特報首都圏 - Yahoo!テレビ.Gガイド [テレビ番組表]: "特報首都圏「“学べない”子どもたち」 格差が広がっていると指摘されている子どもの学力。その要因の一つは貧困、そして虐待や育児放棄が、家庭での学ぶ機会を奪っている。公立学校の教職員は、どうして怒らないのだろう? まるでバカにされているんじゃないのか?
学ぶ機会を与えようと、学生ボランティアによる勉強会を開く試みや、生活保護世帯への通塾費用の補助といった行政の取り組みも始まっている。"
みんな平等に教育を受けるのは国民の権利であるという。その通り。平等に知識は与えられるべきものだ。しかし与えられた知識を自分のものに出来るかどうかは、あくまでも個人次第だ。ところがNHKは教育の結果が平等でなければならないという。いまニッポンを風靡している「結果の平等」主義も、ここまで來てしまった。学習塾の費用を公費で負担する? 世も末だ。実社会に有用な知識にしても、別に「アルキメデスの原理」や「動詞の活用」とかを知っているかどうかではないと思う。そんなのを知らなくても社会生活になんの不自由があるというのだ。あれは閉塞社会の中での「選抜制度」としての一種のトリックでしかすぎない(科挙みたいなもの)。今の大学教育のレベルでは大学入試もクジ引きやるほうがよほど経済的で合理的だ。社会の進歩に有用な真の天才とはそんなトリックとは関係なしに生まれるものなのである。
「アルキメデスの原理」を知らない子どもにも活躍の場を与える社会の仕組み作りの方が大切なのではないか。「教育結果」とやらが社会階層の既得権化と固定化につながっている方こそ問題なのである。
2010年2月3日水曜日
NHKためしてガッテン:「低体温」が諸悪の根源……対策は簡単だったのだ!
今晩のNHK。「デブ」「北海道出身者」「オンナ」、いずれも体温が低くなりすぎて、病気になってしまうという:
「低体温」が万病の原因であるという。そうだと思う。どうしたら「低体温」から脱出できるか。NHKはいろいろ細かいことを言っていたが、そのほとんどはどうでもいいことであって、最後にサラっと紹介された「NHK的にはポリティカリーノットコレクト」な方法が一番効果的なのである。
対策は至って簡単なことだ。それは食生活にタンパク質を増やすことというごく簡単なことなのだ。それだけで体温は確実に上がる。でもNHKはそれをあまり強調せず、番組ゲストもほとんどその「根本対策」を無視してしまった。
個人的経験でもこれは納得がいく説明である。小生も若いころは極度の寒がりで年がら年中風邪ばかりひいていた。ところが食生活を変えて以来(フランス人のカミさんと結婚してあちら風の食事になった)体温が上昇し数年に一度しか風邪を引かなくなったのである。違いはタンパク質の摂取量。この変化は劇的ですらあった。
ところがわがニッポンでは、肉などのタンパク質を豊富に含む食材の値段が異常に高い。国内農家を守るため輸入肉に保護関税を掛けてめちゃめちゃ高くしてしまっているからである。ノーソン既得権集団は、自分らが作るコメこそがニッポン人の主食であると宣伝しまくっている。おかげでナイーブな国民はタンパク質を贅沢品と見なすようになりほとんど食べなくなった。国民は粗食(低タンパク食)こそが「健康食」だと信じ込まされ、野菜とコメからなる「低タンパク食(貧食)」に走り、自分の栄養状態を悪化させ、こぞって病気になり、国民健康保険の余分な負担を強いて、結局日本の競争力を弱体化しているのだ。コメに依存する農村利権集団をスポンサーとするNHKとしては、そこまではっきりものが言えなかった。悲しいことである。
利権集団が栄えて国民が滅びる。まさにニッポンではそれが起こっている。
ためしてガッテン - NHK室内で凍死!? 低体温が中高年を襲う(仮): "2010年2月3日(水曜)午後20時00分~20時43分 体温が低くなってしまう「低体温」。血が止まらなくなったり、感染症にかかりやすくなったり、命を落とすこともある危険な状態だ。冬山で遭難した時に起きる特殊なものでしょ、と思ったら大間違い!
なんと子どもの3割、高齢者の4割が低体温だと言われているのだ。あなたの「冷え」は大丈夫なのか?「冷え性」と何が違うのか?
最新研究から「低体温」を徹底解析し、効果抜群の対処法をご紹介。今年の「寒さ対策」決定版!"
「低体温」が万病の原因であるという。そうだと思う。どうしたら「低体温」から脱出できるか。NHKはいろいろ細かいことを言っていたが、そのほとんどはどうでもいいことであって、最後にサラっと紹介された「NHK的にはポリティカリーノットコレクト」な方法が一番効果的なのである。
対策は至って簡単なことだ。それは食生活にタンパク質を増やすことというごく簡単なことなのだ。それだけで体温は確実に上がる。でもNHKはそれをあまり強調せず、番組ゲストもほとんどその「根本対策」を無視してしまった。
個人的経験でもこれは納得がいく説明である。小生も若いころは極度の寒がりで年がら年中風邪ばかりひいていた。ところが食生活を変えて以来(フランス人のカミさんと結婚してあちら風の食事になった)体温が上昇し数年に一度しか風邪を引かなくなったのである。違いはタンパク質の摂取量。この変化は劇的ですらあった。
ところがわがニッポンでは、肉などのタンパク質を豊富に含む食材の値段が異常に高い。国内農家を守るため輸入肉に保護関税を掛けてめちゃめちゃ高くしてしまっているからである。ノーソン既得権集団は、自分らが作るコメこそがニッポン人の主食であると宣伝しまくっている。おかげでナイーブな国民はタンパク質を贅沢品と見なすようになりほとんど食べなくなった。国民は粗食(低タンパク食)こそが「健康食」だと信じ込まされ、野菜とコメからなる「低タンパク食(貧食)」に走り、自分の栄養状態を悪化させ、こぞって病気になり、国民健康保険の余分な負担を強いて、結局日本の競争力を弱体化しているのだ。コメに依存する農村利権集団をスポンサーとするNHKとしては、そこまではっきりものが言えなかった。悲しいことである。
利権集団が栄えて国民が滅びる。まさにニッポンではそれが起こっている。
2010年2月2日火曜日
NHKクロ現:荒れる畑 消える水田~耕作放棄地は解消できるか~……NHKにしてはいい番組、クニヤが逃げ出した理由もわかる
今晩のNHKクロ現。なかなかよかった。ところが今日に限ってクニヤが出演していない。なぜだろう?
問題の本質は、ニッポンのノーソンの細分化された「不在地主」のカネ儲け主義にあるという。まさにその通りだ。おかげで農業をやりたい意欲のある若者でも、よそ者である限り、放棄されて荒れるに任された農地ですら買えない。さらに「小作農」としてお金を払って放棄農地を借りることも(地主が農地を自由に宅地転用できなくなるので)出来ない。農地の賃借料も自民党の農家優遇政策のおかげで農家世帯の平均所得は都市勤労者世帯より高くなってしまっているので合理的な「正常価格」なんかでは相手にされない。ニッポンのノーソンを支配するのは巨大なエゴイズムなのである。そのおかげでニッポンの農民は豊かになったが日本農業は衰退し、国民に巨額の負担をかけ続けることとなった。
戦後の農地解放の精神は「耕すものに農地を!」であった。日本の共産化を防ぐためにマッカーサーが考えついた臨時的措置だ。でも、それが既得権化し、ただで貰った農地を利用してひたすらにタナボタ大儲けを夢見るセコイ不在地主や「趣味の園芸農家」ばかりになってしまったのが、ニッポン農業の根本問題である。限りなく指摘され続けてきたことだが「ニッポンの農業問題の本質は土地問題」なのである。
耕す気がない農村地主は農地を国家に返上するべきだ。元々ただで貰った土地ではないか。
こういうタッチーなテーマに「ポリティカリーコレクト」なクニヤは口を出したくなかったのだろう。だから「敵前逃亡」をしてキャスター役を森本アナウンサーに押しつけたのである。
クローズアップ現代 NHK 2月2日(火)放送 荒れる畑 消える水田~耕作放棄地は解消できるか~
【森本健成キャスターがお伝えします。】
国民の食を支える農地が今急速に減少している。その大きな要因として、農家が耕作を行わない「耕作放棄地」と、宅地や商業施設など農地以外の用途に地目を変更する「農地転用」がある。
耕作放棄地の面積はこの10年で1.6倍に増加し、今や埼玉県の面積ほどに達している。耕作放棄の背景には、農家の高齢化や農業の低収益性の他、相続で受け継いだものの農家を継がずに村を出る「不在地主」が耕作放棄している実態が浮かび上がってくる。また農地転用は、税金で基盤整備された農地ほど需要が高く、優良の農地が年々失われ、意欲ある農家の営農を妨げている。去年12月には農地法が改正、転用への規制強化や、未利用農地への指導強化が盛り込まれたが、果たしてその効果は期待できるのか。番組では農地減少の課題と対策を考える。
問題の本質は、ニッポンのノーソンの細分化された「不在地主」のカネ儲け主義にあるという。まさにその通りだ。おかげで農業をやりたい意欲のある若者でも、よそ者である限り、放棄されて荒れるに任された農地ですら買えない。さらに「小作農」としてお金を払って放棄農地を借りることも(地主が農地を自由に宅地転用できなくなるので)出来ない。農地の賃借料も自民党の農家優遇政策のおかげで農家世帯の平均所得は都市勤労者世帯より高くなってしまっているので合理的な「正常価格」なんかでは相手にされない。ニッポンのノーソンを支配するのは巨大なエゴイズムなのである。そのおかげでニッポンの農民は豊かになったが日本農業は衰退し、国民に巨額の負担をかけ続けることとなった。
戦後の農地解放の精神は「耕すものに農地を!」であった。日本の共産化を防ぐためにマッカーサーが考えついた臨時的措置だ。でも、それが既得権化し、ただで貰った農地を利用してひたすらにタナボタ大儲けを夢見るセコイ不在地主や「趣味の園芸農家」ばかりになってしまったのが、ニッポン農業の根本問題である。限りなく指摘され続けてきたことだが「ニッポンの農業問題の本質は土地問題」なのである。
耕す気がない農村地主は農地を国家に返上するべきだ。元々ただで貰った土地ではないか。
こういうタッチーなテーマに「ポリティカリーコレクト」なクニヤは口を出したくなかったのだろう。だから「敵前逃亡」をしてキャスター役を森本アナウンサーに押しつけたのである。
2010年1月22日金曜日
BS7 : デフレの中で値下げ圧力に抵抗しそれに成功する納豆業界……いやはや
考えさせられてしまったこの番組:
世界中のみんなの収入が減っているのに、納豆だけは高く売るのだという。おいらは関西人なので納豆みたいな下品な食い物は食わないけれど、あいつらは商売のやり方も悪辣で下品だな。
世界で一番生産性が悪いニッポンのヒャクショウ達は「農家戸別所得保障制度」のおかげで、世界不況の影響をもろに受けているサラリーマンと違って、いかなる不況になろうとも自分たちの所得は保障されている。ウハウハである。それなのに、消費者(特にサラリーマンのエコ奥さん連中)を騙して国産食料品への支出に余分にお金を使わせることで、自分たちだけがいい思いをしようと画策するのだ。もううんざりである。
可哀想なのはそれに騙される都市消費者たち。こんな無駄遣い消費パターンを続けておれば、キリギリス同様、あなたたちの将来はない。もういい加減にその現実に目を覚ましたらどうか。
BSジャパン ガイアの夜明け 第1弾 : "「価格競争」「価格革命」…消費者にとっては、物が安く買えるいい時代である。しかし、一方で企業は利益をすり減らし、社員の給料も下がっていくというデフレスパイラルも進行中だ。安さと不況…ニッポンを覆うデフレの波とどう闘っていけばいいのか…。"
世界中のみんなの収入が減っているのに、納豆だけは高く売るのだという。おいらは関西人なので納豆みたいな下品な食い物は食わないけれど、あいつらは商売のやり方も悪辣で下品だな。
世界で一番生産性が悪いニッポンのヒャクショウ達は「農家戸別所得保障制度」のおかげで、世界不況の影響をもろに受けているサラリーマンと違って、いかなる不況になろうとも自分たちの所得は保障されている。ウハウハである。それなのに、消費者(特にサラリーマンのエコ奥さん連中)を騙して国産食料品への支出に余分にお金を使わせることで、自分たちだけがいい思いをしようと画策するのだ。もううんざりである。
可哀想なのはそれに騙される都市消費者たち。こんな無駄遣い消費パターンを続けておれば、キリギリス同様、あなたたちの将来はない。もういい加減にその現実に目を覚ましたらどうか。
2010年1月14日木曜日
NHK「クロ現」:神戸発 災害ボランティア……これはとてもよかった!
NHK「クロ現」にしてはとてもよい番組:
ところがクニヤは「どうしてニッポンの可哀想な人を助けないの?」と言いたげなそぶりだったが、結局言い出せず。
ハイチではとてもひどいことになっている。十万人単位の死者が出た模様。中国政府は早くも大規模な救援部隊を派遣している(アメリカのマスコミが報道している)。ニッポンのマスコミ(NHKなど)は「日本人の犠牲者はいない模様です」との報道でお茶を濁している。NHK的にはハイチなんかは世界の果てで、住んでいる人間は人間ではないのだ。自分たちの支持基盤(スポンサー)である日本のイナカの災害には異常なまでに過剰反応し「イナカを助けてあげねばいけない!」というヒステリー報道をするニッポンのマスコミは、しょせんイナカの既得権集団への更なる利益誘導を図る宣伝機関でしかすぎなかったのであることが明らかになった。
ニッポンを席巻するウヨは大嫌いだ。自分の利益しか考えていないからだ。こういう価値観がニッポン中に広まってしまった。嘆かわしいことである。
クローズアップ現代 NHK 神戸発 災害ボランティア:"阪神淡路大震災以来、日本で培われてきた災害ボランティアの活動が、今、世界各地の災害現場で被災者支援にいかされ、注目を集めている。その代表的存在は、神戸のNGO「CODE海外災害援助市民センター」。インド洋大津波や四川大地震など44の地域で、政府の援助が十分に行き届かない災害弱者の支援を行っている。各地の現場で彼らが何より重視するのは「被災者の声」と「支援の継続性」。背景には神戸以来の苦い体験がある。災害直後はボランティアが大挙して押し寄せるものの、マスコミの関心が薄れると、被災者は取り残されてきた。そこでCODEなどの団体は、被災者の声に徹底的に耳を傾け、何が本当に必要なのかを探り、支援していく手法を磨き上げ、世界各地で高い評価を得るまでになったのだ。中国・四川省の被災地で続けられている支援活動をリポートし、世界をリードする神戸発災害ボランティアの最前線に迫る。"
ところがクニヤは「どうしてニッポンの可哀想な人を助けないの?」と言いたげなそぶりだったが、結局言い出せず。
ハイチではとてもひどいことになっている。十万人単位の死者が出た模様。中国政府は早くも大規模な救援部隊を派遣している(アメリカのマスコミが報道している)。ニッポンのマスコミ(NHKなど)は「日本人の犠牲者はいない模様です」との報道でお茶を濁している。NHK的にはハイチなんかは世界の果てで、住んでいる人間は人間ではないのだ。自分たちの支持基盤(スポンサー)である日本のイナカの災害には異常なまでに過剰反応し「イナカを助けてあげねばいけない!」というヒステリー報道をするニッポンのマスコミは、しょせんイナカの既得権集団への更なる利益誘導を図る宣伝機関でしかすぎなかったのであることが明らかになった。
ニッポンを席巻するウヨは大嫌いだ。自分の利益しか考えていないからだ。こういう価値観がニッポン中に広まってしまった。嘆かわしいことである。
2010年1月13日水曜日
NHKクロ現:正社員化と地産地消の品揃えでスーパーはデフレでも儲けることが出来る……ホンマかいな?
今晩のクニヤ:
直前のNHK番組は、ポーランドでは昔の共産主義を懐かしむツアーが人気を呼んでいるという報道。グローバリズムはよろしくなかったとか言いたげな復古趣味の番組だったが、まあ、NHKは市場主義に背を向けて国民から強制的に徴収する視聴料で成り立っている既得権利益共同体だから市場主義に批判的なのは分かるけど、ちょっと臭いんじゃないかしらと思った。
社会主義下のポーランドでは生活必需品に500種類もの選択は出来なかったよ。これはあきらかに経済資源の浪費だったからだ。たかが食うものにそんなに拘るのはとてもカッコウが悪いので、個人的にはポーランドの共産主義の方がよほど合理的であったと思う。資本主義社会においてもそういう「質実剛健的価値観」は健在だ。ニッポンだけがへんな無駄遣い価値観に毒されている。特定利権集団がみんなをそう洗脳することで儲けようとするためだ。国民の利益を代表するべきNHKがそんな利権集団のお先棒を担ぐことはないだろうと思うのだが、残念ながらそういうことになっている。悲しいことである。
クローズアップ現代 NHK1月13日(水)放送 激安に異変? 消費者つかむ新戦略:"デフレが深刻化する中で、安売り以外の戦略で客の心を掴もうとしているスーパーが注目を集めている。「コストを削減する」小売りの常識を否定し、あえてコストをかける戦略を打ち出すところも。首都圏にある「オオゼキ」は、従業員の7割を正社員にしてそれぞれの担当者に値決めや品揃えを任せる「個店主義」を打ち出している。さらに、福岡にある「ハローデイ」はお客さまカードを活用して、客が欲しい商品は原則的にすべて仕入れることにしている。大量仕入れによるコスト削減とは真逆のやり方だ。独自性をどう打ち出して客の心を掴むのか、スーパーの戦略に迫る。"正社員を増やし、醤油とか味噌を「地産地消」が大好きな消費者の好みに合わせて500種類以上店頭に並べるのが成功の秘密だという。NHK的にはとてもポリティカリーコレクトな報道。でも本当にこれで儲かっているなら、ニッポン経済は巨大な無駄遣いに貴重なお金を浪費していることになる。ニッポンはどんどん落ち目になってしまう。
直前のNHK番組は、ポーランドでは昔の共産主義を懐かしむツアーが人気を呼んでいるという報道。グローバリズムはよろしくなかったとか言いたげな復古趣味の番組だったが、まあ、NHKは市場主義に背を向けて国民から強制的に徴収する視聴料で成り立っている既得権利益共同体だから市場主義に批判的なのは分かるけど、ちょっと臭いんじゃないかしらと思った。
社会主義下のポーランドでは生活必需品に500種類もの選択は出来なかったよ。これはあきらかに経済資源の浪費だったからだ。たかが食うものにそんなに拘るのはとてもカッコウが悪いので、個人的にはポーランドの共産主義の方がよほど合理的であったと思う。資本主義社会においてもそういう「質実剛健的価値観」は健在だ。ニッポンだけがへんな無駄遣い価値観に毒されている。特定利権集団がみんなをそう洗脳することで儲けようとするためだ。国民の利益を代表するべきNHKがそんな利権集団のお先棒を担ぐことはないだろうと思うのだが、残念ながらそういうことになっている。悲しいことである。
2010年1月12日火曜日
NHKクロ現:変わる巨大メディア・新聞……そうだわな
立花隆をゲストに呼んでクニヤが「分析」:
まあ、立花隆の言うとおりだろうね。行き着くところまで行き着くしかない。
トクヴィルは『アメリカの民主政治〈上〉 (講談社学術文庫)
』で、新聞を読むアメリカ開拓民家庭の姿にアメリカの将来を確信した。でも、当時のアメリカの新聞といえば、どの町でジャガイモの値段はどうだとか言うしょせん「情報誌」。トクヴィルは「情報」に敏感なアメリカ大衆の姿にこそ近代資本主義の萌芽を見たのである。ところが、いつのまにかそれを「ジャーナリズムはエライ」というインタープリテーションにすり替えられてしまった。エライのは情報であって新聞ではないのである。それを誤解し、新聞は国民大衆を「啓蒙」するエライ存在だと思い上がってしまったのだ。
若造の新聞記者ですら社旗を立てた黒塗りハイヤーに乗って取材に行くようになり、業界団体は資料完備のソファーとベッド付の「記者クラブ」なんかを用意するようになり、マスコミはますます増長するようになった。
これはバブル。長く続くわけもない。案の定、今のザマ。今まで調子に乗りすぎていただけの話にしか過ぎない。バブル崩壊にもいい面があるのである。
情報が欲しければ通信社からのテレタイプ(今のネット配信)で充分。コラムとか解説なんかも、直接コラムニストや学者のブログから入手できるようになった。新聞が唯一優位性を持つのはアソートメント(編集)であろうが、国民はあいつらの勝手な価値観に基ずく押しつけ編集にはもううんざりしているのではないか。
いまだに「既製品」のインタープリテーション(マスコミ編集)を必要とする人たちがまだ居ることは居る。自分じゃ論理の組み立てがうまくできないので「アサヒ的価値観」とか「産経的価値観」をそのまま「買い込み」、それをオウムのように受け売りする人たちだが、段々ネタバレになり、落ち目の絶滅危惧種。新聞も売れなくなる。
しかし問題はむしろNHK。あの二社(アサヒと産経)はアホ丸出しだから買わないという人も、NHKからは視聴料を強制的に取り立てられている。NHKはアサヒと産経を足して二で割ったようなジャンクフードのミックスランチ。国民は自分が悪い趣味に洗脳されるばかりでなく、そのコストを負担しなければいけないのだ。これはもうジョージ・オーウェルの『1984』
の世界。
書いていると、あまりにばからしくなってくるので、もう止める。
クローズアップ現代 NHK:"私たちにとって身近なメディア・新聞をかつてない変化の波が襲っている。世界の新聞ジャーナリズムをリードしてきたアメリカ。収入の7割を占める広告収入が、インターネットの拡大や不況によって激減。新聞の廃刊が相次いでいるのだ。ピューリッツアー賞を何度も受賞してきたニューヨーク・タイムズ紙や、西海岸を代表するサンフランシスコ・クロニクル紙など有名新聞社も経営難に陥っている。新聞社が消えたことによってジャーナリズムの「空白」が生まれ、汚職や選挙違反が増加するのではないか、との専門家の指摘もあり、ジャーナリズムをどう守るのか、国を挙げた議論も始まっている。一方、収入の7割は販売に依存し、経営構造がアメリカとは違う日本でも、将来の生き残りを賭けて新聞業界の取り組みが進められている。日米の現状を通じて、新聞ジャーナリズムの行方を展望する。"
まあ、立花隆の言うとおりだろうね。行き着くところまで行き着くしかない。
トクヴィルは『アメリカの民主政治〈上〉 (講談社学術文庫)
若造の新聞記者ですら社旗を立てた黒塗りハイヤーに乗って取材に行くようになり、業界団体は資料完備のソファーとベッド付の「記者クラブ」なんかを用意するようになり、マスコミはますます増長するようになった。
これはバブル。長く続くわけもない。案の定、今のザマ。今まで調子に乗りすぎていただけの話にしか過ぎない。バブル崩壊にもいい面があるのである。
情報が欲しければ通信社からのテレタイプ(今のネット配信)で充分。コラムとか解説なんかも、直接コラムニストや学者のブログから入手できるようになった。新聞が唯一優位性を持つのはアソートメント(編集)であろうが、国民はあいつらの勝手な価値観に基ずく押しつけ編集にはもううんざりしているのではないか。
いまだに「既製品」のインタープリテーション(マスコミ編集)を必要とする人たちがまだ居ることは居る。自分じゃ論理の組み立てがうまくできないので「アサヒ的価値観」とか「産経的価値観」をそのまま「買い込み」、それをオウムのように受け売りする人たちだが、段々ネタバレになり、落ち目の絶滅危惧種。新聞も売れなくなる。
しかし問題はむしろNHK。あの二社(アサヒと産経)はアホ丸出しだから買わないという人も、NHKからは視聴料を強制的に取り立てられている。NHKはアサヒと産経を足して二で割ったようなジャンクフードのミックスランチ。国民は自分が悪い趣味に洗脳されるばかりでなく、そのコストを負担しなければいけないのだ。これはもうジョージ・オーウェルの『1984』
書いていると、あまりにばからしくなってくるので、もう止める。
2010年1月11日月曜日
NHKホリデーにっぽん:31文字のエール~詠み継がれる 震災の歌~……感動的だった!
さっきの番組:
ほとんど涙が出た。
すべての短歌が良かった。震災でみんなと一緒に死ななかったことに罪悪感を感じる職人さんの「神戸を死に場所にしたい」という短歌は特に良かった。おいらも死なずにすんだ一人として、その気持ちは理解できる(でもそれが実現できない別の理由もある)。災害は共同体意識を醸成する。内田樹先生も肯定的におっしゃっていることだが(これ):
同時に、近代人にはそういうおどろおどろしい「共同体」に対する強い抵抗感もある(短歌を作ることに最後まで否定的だった女子高生なんかそうだな)。このあたり関西人のバランス感覚はとても成熟している。
阪神大震災(阪神・淡路大震災というらしいが)は、東京大空襲とともに、政治的に利用されなかった数少ない災害の一つだ。これはとてもよかったと思う。直接的には一人も死ななかったのに空前の大騒ぎをしたイナカの地震や、9/11や原爆なんかがそうだが、人の不幸を種にして特定の利権団体に利益誘導を図ったり自分の政治的主張を通そうとするのは、みっともないことなのである。
NHK ホリデーにっぽん:31文字のエール~詠み継がれる 震災の歌~ :"神戸市の神戸工業高校には、阪神・淡路大震災以降、生徒が詠み継いできた短歌がある。困難を乗り越えてきた先輩たちの歌に触れ、自分を見つめ直す生徒たちの一冬を追った。"
ほとんど涙が出た。
すべての短歌が良かった。震災でみんなと一緒に死ななかったことに罪悪感を感じる職人さんの「神戸を死に場所にしたい」という短歌は特に良かった。おいらも死なずにすんだ一人として、その気持ちは理解できる(でもそれが実現できない別の理由もある)。災害は共同体意識を醸成する。内田樹先生も肯定的におっしゃっていることだが(これ):
そんなことを訊かれても (内田樹の研究室): "共同体に帰属していれば、耐久消費財のほとんどは「買わずに済む」からである。
誰かが持ってれば「貸して」で済む。
お金もうそうだ。
誰かが持っていれば「貸して」で済む。
銀行もサラ金も要らない。"
同時に、近代人にはそういうおどろおどろしい「共同体」に対する強い抵抗感もある(短歌を作ることに最後まで否定的だった女子高生なんかそうだな)。このあたり関西人のバランス感覚はとても成熟している。
阪神大震災(阪神・淡路大震災というらしいが)は、東京大空襲とともに、政治的に利用されなかった数少ない災害の一つだ。これはとてもよかったと思う。直接的には一人も死ななかったのに空前の大騒ぎをしたイナカの地震や、9/11や原爆なんかがそうだが、人の不幸を種にして特定の利権団体に利益誘導を図ったり自分の政治的主張を通そうとするのは、みっともないことなのである。
2010年1月7日木曜日
NHKクロ現:野菜工場を世界のブランドに……「国の光」がこうではうまく行かないと思う
今夜のクロ現:
「野菜工場」とは農家が農地を独占しているおかげで農産物価格が途方もなく高くなってしまった日本では有効なビジネスモデルだと思うが、しかし、これを世界に輸出できるのであろうか。クニヤはニッポンの「ブランド・ブランド」と強調していたが、果たしてどうだろう?
「ブランド力」とは、平たく言えば「記号的”味の素”を加えることで実質価値の十倍高く売れる能力」と言うこと。ルイ・ヴィトンはこれで塩化ビニールのカバンを数万円〜数十万円の値段でニッポンの女どもに売り付けて大儲けした。ニューヨークのティファニーも同じ。いずれもパリとかニューヨークとかの都市が文句なくすごいことがブランド形成の背景にあった。ケンゾーもフジタもパリで働いたからこそ世界的ブランドになることに成功したのである。ひるがえって日本はどうか。いまや世界からバカにされている。
これが参考になると思う(「観光」を「ブランド」と読み替えれば意味が通る):
日本では都市からイナカにおカネを移転させるという日本政府の政策が数十年にわたって継続されてきたおかげで、日本を代表するべき東京は世界でも甚だみすぼらしい都市に成り果ててしまった。中国・韓国の都市に較べても非常に見劣るイナカ都市景観と実質である。これでは日本企業は「ブランド」とやらで儲けることはとうてい出来ない。「野菜工場」の世界のブランド化も、しょせんクニヤの見果てぬ夢に終わる。ニッポンの歪んだ現実を正すことから始めなくてはならない。
日本の輸出産業は、戦後「安くてよいものを大量に供給する」という地道な仕事を積み重ねることで、はじめて世界の信頼を得ることに成功したのである。ニッポンの農水業も、輸出産業を目指すというのであれば、安易に「ブランド」とやらで誤魔化して儲けることを考えるのではなく、ビジネスの原点を忘れてはいけない。
クローズアップ現代 NHK 野菜工場:"最新のテクノロジーを駆使し、野菜を育てる「野菜工場」。今、工場遊休地の活用や雇用拡大、さらにフードロス対策など、地域が抱えている課題解決の切り札として注目を集め、メーカーや商社など異業種からの参入が相次いでいる。さらに、今、野菜工場を新たな輸出産業にしようという動きも始まっている。ビジネスモデルの可能性を探る。"
「野菜工場」とは農家が農地を独占しているおかげで農産物価格が途方もなく高くなってしまった日本では有効なビジネスモデルだと思うが、しかし、これを世界に輸出できるのであろうか。クニヤはニッポンの「ブランド・ブランド」と強調していたが、果たしてどうだろう?
「ブランド力」とは、平たく言えば「記号的”味の素”を加えることで実質価値の十倍高く売れる能力」と言うこと。ルイ・ヴィトンはこれで塩化ビニールのカバンを数万円〜数十万円の値段でニッポンの女どもに売り付けて大儲けした。ニューヨークのティファニーも同じ。いずれもパリとかニューヨークとかの都市が文句なくすごいことがブランド形成の背景にあった。ケンゾーもフジタもパリで働いたからこそ世界的ブランドになることに成功したのである。ひるがえって日本はどうか。いまや世界からバカにされている。
これが参考になると思う(「観光」を「ブランド」と読み替えれば意味が通る):
Letter from Yochomachi: 9/27 Today 世界観光の日……日本一の「観光地」はどこ?: "「観光」の語は、『易経』に始めて見える。「国の光を観る。用て王に賓たるに利あり」とあるのがそれである。「国の光を観る」とは、国の盛んな繁栄の様を観察するということ。そうした輝かしさにあこがれて、多くの人々が国王の賓客になろうとする。"
日本では都市からイナカにおカネを移転させるという日本政府の政策が数十年にわたって継続されてきたおかげで、日本を代表するべき東京は世界でも甚だみすぼらしい都市に成り果ててしまった。中国・韓国の都市に較べても非常に見劣るイナカ都市景観と実質である。これでは日本企業は「ブランド」とやらで儲けることはとうてい出来ない。「野菜工場」の世界のブランド化も、しょせんクニヤの見果てぬ夢に終わる。ニッポンの歪んだ現実を正すことから始めなくてはならない。
日本の輸出産業は、戦後「安くてよいものを大量に供給する」という地道な仕事を積み重ねることで、はじめて世界の信頼を得ることに成功したのである。ニッポンの農水業も、輸出産業を目指すというのであれば、安易に「ブランド」とやらで誤魔化して儲けることを考えるのではなく、ビジネスの原点を忘れてはいけない。
2010年1月6日水曜日
NHKクローズアップ現代:地産地消の『美少女図鑑』がニッポンを救う……アホらしい!
あまりのアホらしさに言葉を失いました:
しょせんイナカモンの「人まねコピー」的発想なのである。「グローバル化の時代」を「地産地消」で売り込むという、そもそも言語矛盾的な番組組み立てだが、NHKとしてはしょせんイナカの視聴者に受ければそれでいいのだろうが、嘆かわしいことである。イナカ価値観万歳のNHK「クロ現」はここまで墜ちたか。
イナカ文化を悪く言うつもりはないが、自分の稼ぎ以上の分配を要求するのが当たり前という「クレクレ主義」がイナカに定着してしまったことは忌まわしいことである。彼らが自民党バラマキ政治のおかげで日本の経済的支配階級と化したことで、この「クレクレ主義」文化がニッポン全体に蔓延してしまった。だからニッポンは落ち目となったのである。
クローズアップ現代 NHK 1月6日(水)放送 “逆転の発想”が日本経済を救う:"地方でも、すでにある物と人の価値を再発見し活性化につなげる動きが広がっている。新潟で誕生したのは「美少女図鑑」と呼ばれる高品質のフリーペーパー。美容室や衣料店などが地元のモデルをコーディネートし、若者にアピールすることでファッションの”地産地消”を生み出している。"この「図鑑」という言葉はこういう意味だ:
博物学の動・植・鉱物などの全品種を分類して配列し、各品種につき形状を詳細に説明し、実物を写生または写真によって具体的に示したもの。(C)小学館図鑑とはものの細部の特徴を綿密に具体的に示すものなのである。それを「女性」に対して使っている。オンナは「もの」として観察鑑賞するべきものだという価値観が背景にある。 クニヤが嬉々としてこのプロジェクトに賛同していることに驚いた。この「美少女原色図鑑」とやらのワーディングは、そのスキャンダラスな響きが受けて、もう30年以上使われている実に陳腐な表現。いまやスキャンダラス性すら失っている。そんなものでどうしてニッポンの将来が救われるのか!
しょせんイナカモンの「人まねコピー」的発想なのである。「グローバル化の時代」を「地産地消」で売り込むという、そもそも言語矛盾的な番組組み立てだが、NHKとしてはしょせんイナカの視聴者に受ければそれでいいのだろうが、嘆かわしいことである。イナカ価値観万歳のNHK「クロ現」はここまで墜ちたか。
イナカ文化を悪く言うつもりはないが、自分の稼ぎ以上の分配を要求するのが当たり前という「クレクレ主義」がイナカに定着してしまったことは忌まわしいことである。彼らが自民党バラマキ政治のおかげで日本の経済的支配階級と化したことで、この「クレクレ主義」文化がニッポン全体に蔓延してしまった。だからニッポンは落ち目となったのである。
2010年1月3日日曜日
NHK:「スペイン・オリーブ村でホームステイ」……スペインのオリーブ農家は「素朴」だって
ふ〜ん、この番組:
おいらには、スペインのオリーブ農家はたいへん高度な生産性の高いオリーブ生産をやっていると感じたけれどな〜。とても大規模で、機械化されており、あれなら高品質のオリーブも大量に安く作れるはずだと感心した(スペイン産のオリーブの品質は世界一じゃないか)。でも、気候がオリーブ生産に向いておらず、規模が小さく、国際的に見て非常に生産性の低いオリーブ産地に過ぎない小豆島から來た人には、スペインのオリーブ農家の生活は「素朴」と映るらしい。オリーブ農家の暮らし向きが日本の方が良いからだろうが、ちょっとおかしいな〜。
ニッポンのオリーブ生産地小豆島ではグロソブの保有率が日本平均の三倍にもなる:
グロソブの是非については何にも言わない(日経新聞は批判的だが)。今さら儲けなくてもいいと思う余裕資金をもつ階層にとっては安定的で有利な運用方法だと思う(リーマンショックですべての資産は総崩れになったがグロソブは被害が少なかった)。小豆島の住民はやっぱりえらかったのである。でも元手がないと話にならない話。小豆島の住民は豊かだったのである。
スペインの方が貧しい国だからスペインのオリーブ農家が日本のオリーブ農家に較べて貧しいのは当たり前と思うかも知れないが、ニッポンの一人あたりGDPはイタリアにもとっくの昔に抜かれ、いまではギリシャやスペインにも抜かれかかっている。大した差はない。ニッポンの生産性の悪い農家は、「ブランド」とやらで国民を洗脳し、その生産性の低さにもかかわらず国内で相対的に有利な所得配分を受けているから、はるかに大規模で生産性のいいスペインのオリーブ農家よりよい暮らしが出来るのである。そのツケは都市住民が自分たちの生活水準を犠牲にすることで払っている。これはオリーブに限ったことではない。
こういう経済のゆがみを直してゆかない限り、ニッポンの将来はなく、国民経済の負担の重みに耐えきれず、みんなどんどん貧しくなってしまう。
NHK 暮らしてみる旅~スペイン・オリーブ村でホームステイ~: "ヨーロッパには、恵まれた自然に抱かれた村人の昔ながらの暮らしがある。日本の町や村から1人の女性が足をのばし、ホームステイ。今回は、スペインのオリーブの産地として名高いイノハーレス村を訪ねる。向かったのは、香川・小豆島でオリーブ料理を創作しているかほるさん(58歳)と、タレント・今井翼(28歳)。海外がはじめてのかほるさんは、ホームステイを通し、素朴なスローライフに“豊かな暮らし”を感じていく。"
おいらには、スペインのオリーブ農家はたいへん高度な生産性の高いオリーブ生産をやっていると感じたけれどな〜。とても大規模で、機械化されており、あれなら高品質のオリーブも大量に安く作れるはずだと感心した(スペイン産のオリーブの品質は世界一じゃないか)。でも、気候がオリーブ生産に向いておらず、規模が小さく、国際的に見て非常に生産性の低いオリーブ産地に過ぎない小豆島から來た人には、スペインのオリーブ農家の生活は「素朴」と映るらしい。オリーブ農家の暮らし向きが日本の方が良いからだろうが、ちょっとおかしいな〜。
ニッポンのオリーブ生産地小豆島ではグロソブの保有率が日本平均の三倍にもなる:
■ グロソブの島 - The Fitting Room : "■グロソブの島
香川県小豆島。瀬戸内に浮かぶこの島で「グロソブ」が爆発的に売れている。世界の債券に投資する投資信託で正式名称はグローバル・ソブリン・オープン。国際投信投資顧問が運用する。島での残高は100億円を突破。人口対比で日本全体の3倍の「濃度」で保有している計算だ。"
グロソブの是非については何にも言わない(日経新聞は批判的だが)。今さら儲けなくてもいいと思う余裕資金をもつ階層にとっては安定的で有利な運用方法だと思う(リーマンショックですべての資産は総崩れになったがグロソブは被害が少なかった)。小豆島の住民はやっぱりえらかったのである。でも元手がないと話にならない話。小豆島の住民は豊かだったのである。
スペインの方が貧しい国だからスペインのオリーブ農家が日本のオリーブ農家に較べて貧しいのは当たり前と思うかも知れないが、ニッポンの一人あたりGDPはイタリアにもとっくの昔に抜かれ、いまではギリシャやスペインにも抜かれかかっている。大した差はない。ニッポンの生産性の悪い農家は、「ブランド」とやらで国民を洗脳し、その生産性の低さにもかかわらず国内で相対的に有利な所得配分を受けているから、はるかに大規模で生産性のいいスペインのオリーブ農家よりよい暮らしが出来るのである。そのツケは都市住民が自分たちの生活水準を犠牲にすることで払っている。これはオリーブに限ったことではない。
こういう経済のゆがみを直してゆかない限り、ニッポンの将来はなく、国民経済の負担の重みに耐えきれず、みんなどんどん貧しくなってしまう。
2009年12月27日日曜日
NHK「地球アゴラ」:アメリカで働く日本人音楽療法士……よかった!
最近のNHKとしては秀逸な作品。おいらも感動してしまった:
ステージで喝采をあびるだけが音楽家の仕事ではないと悟ったこの日本人女性は、フロリダでとても意義のある仕事を続けている。非常に感動的な番組。でも、何で彼女は同じような仕事を日本に見つけることが出来なかったのだろうか?
多分、ニッポンの介護制度は、お上が一律に決めるメニュー以外のサービスは認められていないからだろう。そのくせ莫大なコストが掛かっている。しかし、そのほとんどが冷房の効いた職場で働く事務職員たちのお給料に化けてしまうのだ。制度は利権化し、硬直化し、官僚化してしまっている。
彼女の歌を聴いた患者達の表情の変化は驚くばかりである。都合のいい事例ばかりを集めたのかも知れないが、番組で紹介された数件の実例を見るだけで、その効果は圧倒的だ。数件見れば十分である、映像はウソはつかないのだ。
彼女のような素晴らしい人材は、どんどんニッポンを逃げて行っている。現代ニッポン政治の惨状を見れば頷けないでもないが、残るのはおいらみたいな役立たずばかりか。
NHK 地球アゴラスペシャル「残された日々にメロディーを~アメリカ・ホスピスの音楽療法」: "アメリカのホスピスで音楽療法士として働く日本人女性肥後谷梓さん(28)。在宅で末期がんなど重い病と闘う患者の心を癒すためにギターを弾き、やさしく歌う日々に密着。"
ステージで喝采をあびるだけが音楽家の仕事ではないと悟ったこの日本人女性は、フロリダでとても意義のある仕事を続けている。非常に感動的な番組。でも、何で彼女は同じような仕事を日本に見つけることが出来なかったのだろうか?
多分、ニッポンの介護制度は、お上が一律に決めるメニュー以外のサービスは認められていないからだろう。そのくせ莫大なコストが掛かっている。しかし、そのほとんどが冷房の効いた職場で働く事務職員たちのお給料に化けてしまうのだ。制度は利権化し、硬直化し、官僚化してしまっている。
彼女の歌を聴いた患者達の表情の変化は驚くばかりである。都合のいい事例ばかりを集めたのかも知れないが、番組で紹介された数件の実例を見るだけで、その効果は圧倒的だ。数件見れば十分である、映像はウソはつかないのだ。
彼女のような素晴らしい人材は、どんどんニッポンを逃げて行っている。現代ニッポン政治の惨状を見れば頷けないでもないが、残るのはおいらみたいな役立たずばかりか。
2009年12月18日金曜日
NHK特報首都圏「“ゆとり”と言われる若者たち」……ダメなのは「ゆとり以前」の世代じゃないのか?
この番組:
番組では、年齢が高い世代の連中が「ゆとり世代」が如何にダメかを力説する。ちょっとおかしい。ダメなのはそいつらの方じゃないのか?
散人の個人的経験から言えば、若い「ゆとり世代」はそれより前の世代より、よほど社会的トレーニングを受けていると感じる。コンビニとかファミレスなんかでは、誰もがそれを実感するだろう。
「ゆとり世代」が職を見つけられない、だから雇用問題「全体」を何とかしろとNHKは示唆する。でも根本問題は現代の不況にある。ニッポンの雇用全体が脅かされているのだ。日本のすべての産業において、過剰雇用問題が存在する。30〜40歳以上の世代は、それを正しく認識しているが故にこそ、自分の「メシの種」(職)を確保するために、自分の雇用を脅かす自分より若い世代を、あいつらは「無能」であるとして攻撃するのだ。
ニッポンが落ち目であることは、誰もが認めるところ。その原因は、戦後の自民党「ばらまき政治」のおかげで(それはいまの民主党が継承しようとしている政治であるのだが)、みんなが働かなくなって、ニッポン国民は人のおカネを当てにして「呉れ呉れ」大合唱をするだけの民族になりさがったということにあるのだ。
今となってはみんな全員の所得を減らす以外には、この危機に対応のしようがない。それに目をつぶり、自分のお給料だけはいままでのままに守りたいという「ニッポン既得権中高年」の自己防衛意識が、「ゆとり世代」たたきと、彼らの就職難につながってきているのである。新規参入者を締め出そうとするのは衰退社会の特徴である。
いまの苦境を打破するには「世代間自由競争」が必要だと思う。それさえ実現すれば多くの無能な中高年が整理されることで、国民経済は新たな合理的な均衡点を迎えるのではないか?
NHK特報首都圏「“ゆとり”と言われる若者たち」: "小学校からゆとり教育を受けてきた“ゆとり世代”と呼ばれる若者たち。インターネットや携帯電話など、新しい情報インフラのなかで育った彼らは、価値観や行動がこれまでの世代と大きく異なるといわれている。企業の人事担当者は「自分らしさを大切にする一方、自己中心的」「まじめだが失敗を極端に恐れる」といった特徴を挙げ、それに合わせた採用・育成戦略も取り始めている。ゆとり世代とどう向き合っていくのかを考える。"
番組では、年齢が高い世代の連中が「ゆとり世代」が如何にダメかを力説する。ちょっとおかしい。ダメなのはそいつらの方じゃないのか?
散人の個人的経験から言えば、若い「ゆとり世代」はそれより前の世代より、よほど社会的トレーニングを受けていると感じる。コンビニとかファミレスなんかでは、誰もがそれを実感するだろう。
「ゆとり世代」が職を見つけられない、だから雇用問題「全体」を何とかしろとNHKは示唆する。でも根本問題は現代の不況にある。ニッポンの雇用全体が脅かされているのだ。日本のすべての産業において、過剰雇用問題が存在する。30〜40歳以上の世代は、それを正しく認識しているが故にこそ、自分の「メシの種」(職)を確保するために、自分の雇用を脅かす自分より若い世代を、あいつらは「無能」であるとして攻撃するのだ。
ニッポンが落ち目であることは、誰もが認めるところ。その原因は、戦後の自民党「ばらまき政治」のおかげで(それはいまの民主党が継承しようとしている政治であるのだが)、みんなが働かなくなって、ニッポン国民は人のおカネを当てにして「呉れ呉れ」大合唱をするだけの民族になりさがったということにあるのだ。
今となってはみんな全員の所得を減らす以外には、この危機に対応のしようがない。それに目をつぶり、自分のお給料だけはいままでのままに守りたいという「ニッポン既得権中高年」の自己防衛意識が、「ゆとり世代」たたきと、彼らの就職難につながってきているのである。新規参入者を締め出そうとするのは衰退社会の特徴である。
いまの苦境を打破するには「世代間自由競争」が必要だと思う。それさえ実現すれば多くの無能な中高年が整理されることで、国民経済は新たな合理的な均衡点を迎えるのではないか?
2009年12月16日水曜日
NHK「ためしてガッテン」:パックモチで「つきたて餅」を作る方法
これ:
「ためしてガッテン」によれば、フライパンに油を敷き、パックモチを入れて焼き、水を入れて、7分間弱火で放置すれば、「懐かしい」つきたてモチと同じ粘度になるという。
おいらの実家(兵庫県西宮)は農家ではなかったが、家に足踏み式の餅つき機があった。それを使って正月前には家族でモチを作ったが「つきたてモチ」なぞ食った記憶はない。作ったモチは全部正月用の切り餅にした。正月前にモチを食うなぞ、トンでもないことだったのである。だからモチは、餅つき後二週間ほど保存したモチを加熱して食っていたし、モチはそういうもんだと思って育った。モチをつきたてで食う習慣はなぞは特定のイナカの習慣ではないのか?
番組では中国料理の専門家なんかが出てきて解説していたが、中国ではニッポンみたいな粘りのあるモチは食わないという。そういえば韓国でもそうだ。ニッポンのつきたてモチは、粘りがありすぎるので、毎年正月にはお年寄りがたくさん死ぬ。そうまでして「つきたて」を食うもんでもないだろう。「パックモチ」を普通に加熱して食うので十分である。おいらもその方が好きだ。
これに限らず、現代ニッポン人は食い物へのこだわりが過剰で、みっともない。少しでも食い物を高く売ろうとするイナカ利権集団の宣伝に毒されたあまり、こういうことになったのだと思う。
つきたてに変身!パックもちで至福の正月を : ためしてガッテン - NHK: "「あっという間につきたてもち!」でも、何で「つきたてモチ」に拘るのか、そのへんが分からん。
日本人が大好きな「おもち」。
中でも“つきたて”は格別おいしいですよね。
ところが、家で「もちつき」をすることが少なくなった今、
主流は「パックのおもち」です。
“つきたて”に比べると味気ないなぁ
“つきたて”はもう食べられないのかなぁ
なんて諦めていませんか?
そこでガッテンは、
「パックのおもち」を“つきたて”に変身させたい
という夢に挑みました。
パックもちのあるヒミツを知るだけで、
あのコシとのびが実現!
生まれ変わったパックもちで、
お正月の幸せ気分は倍増ですよ!"
「ためしてガッテン」によれば、フライパンに油を敷き、パックモチを入れて焼き、水を入れて、7分間弱火で放置すれば、「懐かしい」つきたてモチと同じ粘度になるという。
おいらの実家(兵庫県西宮)は農家ではなかったが、家に足踏み式の餅つき機があった。それを使って正月前には家族でモチを作ったが「つきたてモチ」なぞ食った記憶はない。作ったモチは全部正月用の切り餅にした。正月前にモチを食うなぞ、トンでもないことだったのである。だからモチは、餅つき後二週間ほど保存したモチを加熱して食っていたし、モチはそういうもんだと思って育った。モチをつきたてで食う習慣はなぞは特定のイナカの習慣ではないのか?
番組では中国料理の専門家なんかが出てきて解説していたが、中国ではニッポンみたいな粘りのあるモチは食わないという。そういえば韓国でもそうだ。ニッポンのつきたてモチは、粘りがありすぎるので、毎年正月にはお年寄りがたくさん死ぬ。そうまでして「つきたて」を食うもんでもないだろう。「パックモチ」を普通に加熱して食うので十分である。おいらもその方が好きだ。
これに限らず、現代ニッポン人は食い物へのこだわりが過剰で、みっともない。少しでも食い物を高く売ろうとするイナカ利権集団の宣伝に毒されたあまり、こういうことになったのだと思う。
2009年11月23日月曜日
イタリアの「スローフード」文化には、種も仕掛けもある!
昨今のテレビでは、農村エコロによるイタリア賛美が繰り返されているのにはいささか辟易している。今日の日テレの番組もその一つに分類されるのだろうが、重要な「事実」が(制作者の意図に反して)明らかになった。この番組:
番組で取りあげられた農家の農地は180ヘクタール。おまけに彼はもともとの農家ではなく昔は鍛冶屋だったという。いずれもニッポンでは制度的に不可能なことだ。
ファッショの臭いがプンプンするイタリア「スローフード主義」を賛美するのも結構だが、ニッポンの小規模兼業農家の食い扶持を保障しようとしてこういう番組が作られているとすれば、それは見当違いだ。やるべきことはまるで逆だろう。
ニッポンでは農家以外が農地を買うことはほとんど不可能。ものすごい参入障壁がある。それはたとえ「三反」でも農地さえ保有しておれば生活が保障されるという戦後の自民党政権によるイナカへの利益誘導政策のおかげで、農地自体が巨大な既得権益と化してしまったからである(よそ者にはそんなうま味のある飯の種を売るわけにはいかないと言うことで農家以外による農地の保有は事実上禁止されている)。ニッポンでは鍛冶屋が農地を買うなんてことはあり得ないのである。
鍛冶屋が買った農地の広さにも驚倒。狭いイタリアなのに180ヘクタールだ。それでも生活は苦しいという(換言すればそれだけ安く消費者に農産物を供給していると言うこと)。ニッポンの農家の平均農地面積はせいぜい三反(0.3ヘクタール)ではないのか。それで生活が出来ないのは当たり前だが、三反でも生活できるように農家の生計を保障しようとする農業政策が政治的に推進されている。トンでもない時代錯誤である。おかげでニッポンでは10ヘクタールも持っておれば(国際的には極小零細農家にすぎないけれど)高所得農業者になる。あいつらがそれだけ理不尽に儲けることができるのは存在価値のない「三反農家」の存在が政治的に守られているから(三反農家でも生存できるように農産物の価格が設定されるから)である。だから農地の大規模化(生産性の向上)は一向に進まない。コストを払うのはおいら消費者。ニッポンの農家数は今の十分の一でも過剰なのである。
何十年もそのコストを払ってきたのは都市住民(産業就業者)。日本産業が元気なうちは何とかなったが、さすがにボディーブローが効いてきたので、ニッポンの国際競争力は、惨めなまでに低下してしまい、みんなビンボーになってしまった。農家が栄えて日本の農業が滅びた。日本の農業ばかりではない。扶養家族を抱えすぎた日本経済もそのおかげで滅びつつあるのである。
BS日テレ 小さな村の物語 イタリア: "#56 ヴェレッツォ・ロメッリーナ (ロンバルディア州)
イタリア北部。ミラノから車で1時間半ほどのロメッリーナ地方は、イタリア一の米どころとして知られている。
その真ん中に位置する村、ヴェレッツォ・ロメッリーナは、この時期、一面黄金色の実りに抱かれる。春夏秋冬、村人たちは田んぼの営みの繰り返しとともに歩んできた。もうすぐ収穫の季節を迎える。
《主な内容》
代々続く農場の跡取り、家族で営む村唯一の大きな専業農家、村の収穫を何十年も見届けてきた元農夫・・・、米作りの村の農夫3人の物語"
番組で取りあげられた農家の農地は180ヘクタール。おまけに彼はもともとの農家ではなく昔は鍛冶屋だったという。いずれもニッポンでは制度的に不可能なことだ。
ファッショの臭いがプンプンするイタリア「スローフード主義」を賛美するのも結構だが、ニッポンの小規模兼業農家の食い扶持を保障しようとしてこういう番組が作られているとすれば、それは見当違いだ。やるべきことはまるで逆だろう。
ニッポンでは農家以外が農地を買うことはほとんど不可能。ものすごい参入障壁がある。それはたとえ「三反」でも農地さえ保有しておれば生活が保障されるという戦後の自民党政権によるイナカへの利益誘導政策のおかげで、農地自体が巨大な既得権益と化してしまったからである(よそ者にはそんなうま味のある飯の種を売るわけにはいかないと言うことで農家以外による農地の保有は事実上禁止されている)。ニッポンでは鍛冶屋が農地を買うなんてことはあり得ないのである。
鍛冶屋が買った農地の広さにも驚倒。狭いイタリアなのに180ヘクタールだ。それでも生活は苦しいという(換言すればそれだけ安く消費者に農産物を供給していると言うこと)。ニッポンの農家の平均農地面積はせいぜい三反(0.3ヘクタール)ではないのか。それで生活が出来ないのは当たり前だが、三反でも生活できるように農家の生計を保障しようとする農業政策が政治的に推進されている。トンでもない時代錯誤である。おかげでニッポンでは10ヘクタールも持っておれば(国際的には極小零細農家にすぎないけれど)高所得農業者になる。あいつらがそれだけ理不尽に儲けることができるのは存在価値のない「三反農家」の存在が政治的に守られているから(三反農家でも生存できるように農産物の価格が設定されるから)である。だから農地の大規模化(生産性の向上)は一向に進まない。コストを払うのはおいら消費者。ニッポンの農家数は今の十分の一でも過剰なのである。
何十年もそのコストを払ってきたのは都市住民(産業就業者)。日本産業が元気なうちは何とかなったが、さすがにボディーブローが効いてきたので、ニッポンの国際競争力は、惨めなまでに低下してしまい、みんなビンボーになってしまった。農家が栄えて日本の農業が滅びた。日本の農業ばかりではない。扶養家族を抱えすぎた日本経済もそのおかげで滅びつつあるのである。
2009年11月5日木曜日
NHKクロ現:東ドイツ問題「壁崩壊20年 欧州の光と影」
クロ現にしてはわりかしいい番組。もともとあんなのを一緒にするべきではなかった:
もともとドイツとは統一国家ではなかった。それを無理やり一緒にして「国民のアイデンティティー」などを言い出したのがヒトラー。イタリアにしても同じで、北部と南部の対立はいまだに尾を引いている。
「国民国家」は必然的に侵略国家に変化する。ドイツのみならずナポレオンのフランスにしてもそうだったし、もちろん帝国ニッポンも。ナショナリズムしか国家を一本化するすべがないからだ。今の中国もそうだが、国際平和の意味ではろくなことはない。
ニッポンも昔々は「国民的」に統一された国ではなかった。その方がよほど平和であったのだ。ヤマトタケルが頑張りすぎて無理やりエビスまでもを大和統一国家に組み込んだのが間違いの始まり。現代ニッポンに於いても、統一ドイツと同じ問題がいまだに尾を引いている。ニッポンも、地方地方にそれぞれ独立採算制度を確立し、ナショナリズムを希薄化させた方が、国際平和によほど寄与する。国のおカネはぶんどったもんの勝ちとかいう「乞食根性」もなくなる。
NHK クローズアップ現代: "壁崩壊で中東欧でも社会主義政権が崩壊する。あれから20年。ドイツでは「東独は独裁国ではなかった」と答えたり、「ベルリンの壁を作ったのが東独だった」ことを知らない若者が増殖中だ。東西ドイツ地域には依然、経済的な格差があるため、旧東独の親たちが現代史を真正面から伝えず、過去を美化する傾向があることが指摘される。"当時の西ドイツは一種のヒステリー状態にあった。いくら「これじゃ国家が保たないんじゃないの?」と言っても、強引に民主的にポリティカリーコレクトな「1対1」での東ドイツの併合に踏み切った。それから20年。いまでは旧西ドイツ市民の大半は、東ドイツ市民への「所得移転税制」に不満を抱き、旧東ドイツ市民の大半は、昔の「みんな一緒に」貧しかった共産体制の方がよかったと不満を抱いている。みんなを一緒にしようとしたばかりにみんなが不幸になってしまったのだ。
もともとドイツとは統一国家ではなかった。それを無理やり一緒にして「国民のアイデンティティー」などを言い出したのがヒトラー。イタリアにしても同じで、北部と南部の対立はいまだに尾を引いている。
「国民国家」は必然的に侵略国家に変化する。ドイツのみならずナポレオンのフランスにしてもそうだったし、もちろん帝国ニッポンも。ナショナリズムしか国家を一本化するすべがないからだ。今の中国もそうだが、国際平和の意味ではろくなことはない。
ニッポンも昔々は「国民的」に統一された国ではなかった。その方がよほど平和であったのだ。ヤマトタケルが頑張りすぎて無理やりエビスまでもを大和統一国家に組み込んだのが間違いの始まり。現代ニッポンに於いても、統一ドイツと同じ問題がいまだに尾を引いている。ニッポンも、地方地方にそれぞれ独立採算制度を確立し、ナショナリズムを希薄化させた方が、国際平和によほど寄与する。国のおカネはぶんどったもんの勝ちとかいう「乞食根性」もなくなる。
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